中国茶の歴史・・その二
明代(14~17世紀)になると、それまでの高級で賛沢な蒸し製の固形茶の代わりに釜炒りの散茶が奨励され、茶の形態が大きく変わりました。龍井茶や武夷岩茶などの銘茶や花茶も生まれ、喫茶形態も「泡茶」(お湯を注いで抽出する方法)に。茶壷が生まれたのもこの時代です。
清代(17~20世紀)はお茶文化が大きく花開いた時期。第六代皇帝乾隆帝が大変なお茶好きだったおかげで多くの銘茶が生まれ、地方都市にも茶館や茶楼ができました。
また、陸路でロシアなどに輸出されていたお茶(陸路で伝播した地区ではCHAと呼ばれる)が海路で欧州へ輸出されるようになり(海路で伝播された地区ではTEAと呼ばれる)、その後の茶の世界地図は大きく塗り替えられていきます。
中国茶の歴史・・その一
茶樹の起源は中生代(約2億4700万年前~約6500万年前)までさかのぼるようです。伝説では雲南省、貴州省にまたがる山間部で発生したといわれる茶樹が人間と出会い、喫茶へと発展していったのは、神農(中国神話にみえる農業神・紀元前3400年ごろ)の登場以降。神農は山をめぐり歩いて野草や樹木の実、葉を食べ、人間に適しているかを調べ、毒にあたっては茶の菓で解毒したといわれています。
また、一枚の茶菓が偶然、湯に落ちてできた茶を飲むことでお茶の持つおいしさや薬効を知り、後世に伝えたという伝説もあります。
実史では、漢代(前206~後220年)に書かれた王褒の「約」(奴隷売買の契約書)にお茶に関する記載が登場。四川省一体で始まった喫茶は、初めは貴族や僧侶など特定階級のものでしたが、その後、時代を追うごとに地域的にも階級的にも広がり、唐代(7~10世紀)になると、お茶は日常的な飲み物となって近隣の国へ輸出されます。